中森明菜が引っ込み思案の後輩を“押し出した”舞台裏 木元ゆうこが明かす全員集合秘話
1983年にデビューしたアイドルたちは、中森明菜や小泉今日子らがひしめく「花の82年組」と、菊池桃子や荻野目洋子らが活躍した「個性の84年組」の狭間で、「不作の83年組」という不名誉なレッテルを貼られた。しかし、誰も大ブレイクしなかったからこそ、40年以上にわたり互いを支え合い、今では「お神セブン」と呼ばれるまでになった。
そんな彼女たちが8月22日、東京・北千住のシアター1010で「83年組アイドルアラ!?還ライブ」を開催する。その結束の原点にある“不遇の時代”について、松本明子と木元ゆうこが当時の苦労を振り返った。
エアコンなしで部屋を涼しくするならこの一台Airio Pro 木元は15歳の時、母に連れられて行った武道館のザ・タイガースコンサートでスカウトされ、芸能界へ。デビュー前は不登校でやさぐれていた時期もあり、生活が一変したという。デビュー曲「チェリーガーデン(桜の園)」はオリコン124位。山口百恵の大ヒット曲を手がけた阿木燿子と中村泰士が制作したが、当時の木元は「歌詞の意味すら理解できなかった」と苦笑する。
一方、松本は「スター誕生」に合格し、故郷・四国に錦を飾る覚悟で上京。ところがデビュー曲は「♂×♀×Kiss(オス・メス・キッス)」という衝撃的なタイトルで、キャッチコピーは「アッコ、とんがってるね」(オリコン131位)。「フリフリの可愛い衣装で歌えると思っていたのに、ひっくり返りました」と当時を振り返る。
松本は16歳の時、レコード会社のディレクターに「もう新曲を出さなくて結構です」と手紙を書いたこともあったという。経費を気にしての“レコード打ち止め嘆願”だった。木元は「えーっ、ホントに!?」と驚きを隠さない。
そんな中、82年組の先輩・中森明菜との思い出を木元が明かした。『8時だよ!全員集合』の公開放送で、引っ込み思案だった木元は明菜の後ろの肩あたりにいた。すると明菜が振り向き、「前に行きなさいよ、そこじゃ映んないわよ」と押し出してくれたという。「トコトコトコとステージの際までいきそうになった」と笑い、「今でも明菜さん、大好きです」と語った。
松本はデビュー翌年の1984年、テレビ本番中に放送禁止用語を叫んだ「四文字事件」で謹慎。寮から堀越学園に通う日々は「売れない自分が恥ずかしくて、国立駅のベンチで時間をつぶした」という。寮には売れた者から巣立っていき、最後まで残ったのは松本と雑種の犬だけだった。
木元は18歳で「樹本由布子」に改名して再デビューするも、露出の多い仕事が嫌でインドへ放浪の旅に。2年8カ月もの間バックパッカーとして過ごし、芸能界を21年も離れた。「死亡説まで出た」という壮絶な体験を経て、同期・徳丸純子のSNSでの呼びかけで復活した。
「うらやましいより、同期として誇らしい気持ちがありました」と木元。松本は「SNSさまさまだね」と笑う。不遇の時代を乗り越えた83年組の絆が、8月のライブで花開く。
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