山田邦子、乳がん発覚から19年「生かされている意味」を1000回の講演で伝え続ける
タレント・お笑い芸人の山田邦子(66)が、46歳のときに出演したテレビ番組の企画で偶然乳がんを発見したことを明かした。当時放送されていた「たけしの本当は怖い家庭の医学」(テレビ朝日系)の乳がん特集の収録中、自己検診をして右乳房の上に小さなしこりを見つけたという。
しこりは1センチと早期発見で、3センチ以下だったため乳房温存術が適用。再手術を経て放射線治療を約1カ月(28回程度)、さらにホルモン療法を5年間継続した。病院の検査ではがんが3つ見つかり、再手術も経験。治療中は不安も大きかったが、「あれから約20年経ったいまでも熱が出たり不調があると『再発?転移?』とふともやもやする。これが“がん”ですね」と振り返る。
寝苦しい夜が、これひとつで快適にAirio Pro 主治医となった聖路加国際病院の矢形寛先生に全幅の信頼を置いていたが、2019年に急逝。その後、コロナ禍で受診控えの影響もあり、親しい友人が何人も他界したという。「人間はいつかは皆、死ぬのです。大切な人たちを見送ってきた私は、“生かされている意味”“命拾いした使命”を考えるようになりました」と語る。
デビュー当時は多忙を極め、睡眠不足、暴飲暴食、ストレス過多の生活だった。「楽屋で配られるお弁当を年間1千食食べていましたから。さすがに偏っていたんでしょうね(笑)」と笑うが、いまは粗食とバランスのよい食事を心がけ、先生の言うことをよく聞くのが生きている秘訣だという。
また、一日一日を大切に生きるようになり、「昔は先輩から言われたことや嫌なことを引きずっていましたが、『楽しい仕事だけを、応援してくれる人とやっていこう』と切り替えるようになりました。がんのおかげで、また人生が面白くなった気がします」と前向きに話す。
健康の秘訣はいたってシンプル。がんになってから友達が「電車に乗りなさい」とお見舞いにSuicaカードをプレゼントしてくれたのをきっかけに、電車を乗りこなし、よく歩くようになった。早足でウオーキングし、深呼吸を心がけ、ショーウインドーに映った姿で姿勢を確認しながら2万歩歩く日もあるという。東京の銀座や大阪の船場など、気持ちが上がる街を歩くのが楽しいと語る。
今年は豪華客船で1日4回のショーをやりとげ、第11代会長を務める日本喜劇人協会の公演で後輩芸人や役者たちと台本・演出を手がけるほか、衣装や小道具の調達にも奔走。7月22日には「日本喜劇人協会が贈る2026年の夏!山田邦子の歌と笑いは地球を救う!」をサントリーホール ブルーローズで開催するなど、精力的に活動している。
仕事の合間を縫って通院を年1回から月1回に増やし、健康チェックは怠らない。「病院を卒業したい人が多いけれど、私は離れません!正常な状態を知るためにも、マメにレディースクリニックへ通っています。やや厳しめの相性のよいドクターに相談に乗ってもらっています」と語る。
がんをテーマにした講演はこの19年間で約1千回に及ぶ。ピンクリボン運動や患者会で、がんに罹患した人たちに「大丈夫だよ」と声をかけ続けている。「最初に聖路加の先生に言われて救われたので、私も同じ言葉を伝えたい。抱え込まずに、明るく好きなことをして過ごしてほしい」とメッセージを送る。
乳がんの術後には下着選びや乳房再建の検討、アートメークなど見た目で悩むことも多いが、山田さんは「私はソフトブラを愛用するようになり、これが心地よかったからか、若いころは巨乳だったのに自然な脂肪になって流れていってしまったみたい(笑)。いまは形成外科で傷痕もきれいに修正でき、術後の悩みに対応するアピアランスケアも充実しています。『がんになったから』といって諦めなくてもいい優しい時代になっているんですよ!」と明るくアドバイスする。
山田さんのキラキラした笑顔と「大丈夫だよ」という言葉は、多くの患者に希望を与えている。
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