「こんなに強くなるなんて」号泣した木原を励ました三浦璃来、恩師が語った“逆転の金”秘話
ミラノ・コルティナ冬季五輪で悲願の金メダルを獲得したフィギュアスケートペア「りくりゅう」こと三浦璃来(24)と木原龍一(33)。その栄光の裏で、かつて“お荷物”と呼ばれた日本のペアを変えたのは、2人の“支え合い”だった。
ペア結成当初から2人を支援してきた木下グループ代表の木下直哉社長(60)は、金メダル獲得後、三浦と木原が真っ先に自宅を訪ね、現役引退の意向を伝えたことを明かす。「『真っ先にお伝えしたいです』と前置きして引退を伝えてくれました。驚きよりも“やはり”という思いが先。ミラノでも次の五輪の話題になると、木原君の表情が曇っていました。北京五輪後に『次を目指したい』と語ったときのアスリートの顔とはまったく違っていました」。
エアコンなしで部屋を涼しくするならこの一台Airio Pro 五輪団体戦ではショート、フリーともに1位。日本の銀メダル獲得に大きく貢献したりくりゅう。しかし、個人戦ショート本番で、最も得意としてきたリフトにミスが出る。首位と6.90点差の5位に沈み、木原はリンクサイドで泣き崩れた。
三浦を小5から指導してきたソルトレークシティー五輪代表の本田武史さん(45)は「コンビを組んだ当初から龍一は『リフトは絶対に落とさない』と言っていました。そのリフトでミスが出てしまった。龍一があそこまで落ち込んだところを、僕は今まで見たことがありませんでした。点差よりも、彼が立ち直れるのかが心配でした」と振り返る。
高校時代の木原を知る中京大中京高の非常勤講師、臼田泰典先生(70)は「居ても立ってもいられなくなり『君の力はこんなもんじゃないだろ。これで終わっていいのか、今まで頑張ってきたんだから絶対大丈夫だ』とメールしました」と明かす。
カナダの修業時代から2人をサポートしてきたマッサージセラピストの青嶋正さん(62)は、号泣する木原の姿を「人前で泣くことは、弱さではありません。信頼できる相手の前で、自分の弱さをさらけ出せることもまた、強さなのです。木原君が璃来ちゃんの前で号泣できたのは、そこに7年分の信頼があったからです。璃来ちゃんがそれを受け止められたのは、かつて支えられる側だった彼女が、木原君と同じ高さで競技を見つめる選手へと成長していたからでした」と語る。
すると、本田さんは木原の横にいた三浦の変化に気づく。「璃来は緊張すると目が泳ぐことがありました。でも、あのときはそれが一切なかった。龍一を励ましている姿を見て、璃来がこんなに強くなるなんてと思いました。それまでの7年間、生活面でも競技面でも、龍一が璃来を支える場面は多かった。海外生活の不安、リフトへの恐怖、コンディショニングへの戸惑い。そのたびに、龍一は璃来に道を示してきた。だが、五輪の最も苦しい場面で、今度は璃来が龍一を支える側に回ったのです」。
三浦は木原に「まだ終わっていないよ。積み重ねてきたものがあるんだから、絶対にできるよ」と声をかけたという。
迎えたフリー本番。冒頭の3回転ツイストリフトを決めると、りくりゅうは一気に波に乗り、ショートでミスしたリフトも“絶対に落とさない”という気迫で支え切った。金メダルが確定した瞬間、2人は床に座り込んだ。
木下社長は演技を直視できなかったという。「子どもの運動会を見る親のような気持ちでした。失敗するな、失敗するなと思いながら、一つ成功するたびに、失敗しなくてよかったと。リンクを真正面から見ることができず、コーチのブルーノ(・マルコット氏・51)のほうに顔を向けながら横目で見ていました。でも、会場は演技のすばらしさを先に教えてくれたのです。あの日いちばんのスタンディングオベーションでした」。
引退後はペアの指導者として歩みたいという2人。木下社長は「引退を報告してくれた日、カップル競技を中心にしたアカデミー構想や、2人がプロデュースするアイスショーの話まで進みました」と明かす。既に三重県には土地の用意があり、公益財団法人も作ったという。
2人が立ち上げたアイスショーは「THE DESTINY(運命)」。パートナーとの出会いは運命との思いが込められた公演として、7月31日から8月2日まで東京で開催される予定だ。
かつて光の当たらなかったリンクの片隅に、2人が灯した光は、もう消えない。
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