板東英二さん葬儀で野々村真が号泣報告「骨が骨壷に入らない」骨年齢50代の衝撃
7月22日、慢性心不全のため86歳でこの世を去った元プロ野球選手でタレントの板東英二さん。その家族葬に“長男”として参列したのが、タレントの野々村真だ。28日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に電話で緊急生出演し、驚きのエピソードを明かした。
野々村と板東さんの付き合いは、1986年から2024年まで38年にわたって放送された『世界・ふしぎ発見!』(TBS系)で共演したのが始まり。実に35年以上の親交があり、プライベートでも深く交流。板東さんの家族から「長男」と呼ばれるほどにまでなったという。1988年には映画『父』で親子役を演じ、野々村は実際に板東さんを「お父さん」と呼ぶ仲だった。ちなみに「お母さん」は黒柳徹子で、初代司会者の草野仁は「親戚のおじさん」と、番組内の家族のような関係性が長寿番組の秘訣だった。
冷房ゼロで涼しいミニギアAirio Pro そんな野々村が衝撃を受けたのが、葬儀での遺骨との対面だった。「あまりにもしっかりした骨で、係の方が骨壷に入らないと苦心していた」と明かし、「ウチのお父さんはスゴいな、骨年齢が50代だった」と驚きを隠さなかった。さらに「ゆで卵をいっぱい食べてたのは、意味があったんじゃないか」と、板東さんの代名詞とも言えるゆで卵愛をネタにしつつ、その健康ぶりを称えた。
板東さんは2009年に著書『天然 板東英二のゆでたまご伝説』を出版するほどのゆで卵好きで知られる。1958年には徳島商業のエースとして甲子園に出場し、1試合25奪三振、大会通算83奪三振といういまだに破られていない記録を樹立。中日ドラゴンズではプロ通算77勝を挙げた。肘の故障で引退したが、86歳で骨がしっかり残るほどの頑健さは、まさに“骨格”からして規格外だった。
野々村は番組出演後、自身のInstagramを更新。板東さんの写真にビールを献杯するショットを投稿し、《突然、僕の芸能界のお父さんが逝きました 世の中を生き抜く力を身を持って教えてくれた板東英二は流石燃えよドラゴンズ!です。大好きだったゆで卵とビール 本当に感謝の言葉しかなかった》とつづり、《ゆっくり休んで、ありがとうございました!》と最後の別れを告げた。
この投稿を受け、X(旧Twitter)では「野々村真、そんなに板東英二と親しかったのか」と2人の絆に驚く声が続出。晩年は「音信不通」「親戚も消息を知らない」などと報じられていた板東さんだが、結果的に家族や“長男”に見守られての旅立ちとなった。昭和のスターがまた一人、静かに幕を閉じた。
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