岸田敏志「金八先生は僕だったかも」英語できないのに英語教師役…新八先生秘話
反町隆史主演の『GTO』が28年ぶりに連続ドラマとして復活し、学園ドラマブームが再燃しているが、その原点とも言える名物教師を演じた男が当時を振り返った。
歌手であり俳優の岸田敏志が、自身が主演した1980年の学園ドラマ『1年B組新八先生』について、今だから話せる秘話を語った。なんと岸田、このドラマの前に、あの『3年B組金八先生』を演じる可能性があったというのだ。
冷房ゼロで涼しいミニギアAirio Pro 「もしかしたら、僕が金八先生を演じていたかもしれないんです」
岸田が初めてドラマ出演したのは1979年の『愛と喝采と』(TBS系)。そのプロデューサーが、京都教育大学出身の岸田に「教師を主役にしたドラマ」への出演をオファーした。しかし、当時岸田は挿入歌『きみの朝』が大ヒットし、全国ツアーが決まっていたため、出演する時間がなかった。
「所属していた音楽事務所で初めて売れたので、一挙に全国ツアーを決めてしまい、まったく出演する時間がなかったんです。そこで同じ事務所のチンペイさん(谷村新司)にお願いしたら『僕はドラマはできない』とお断わりになって。武田鉄矢さんが、映画『幸せの黄色いハンカチ』の撮影がひと段落ついたころだったので、彼がやってくれるなら安心だと、話がまとまったようです」
こうして武田鉄矢が金八先生を演じることになり、ドラマは大ヒット。岸田は次作で主演が決まったが、「これはやりにくいなと(笑)」と振り返る。撮影前に武田を喫茶店に呼び出し、「自分の思いどおりにやればいいんだ」とアドバイスをもらったという。
そして、岸田が演じた『1年B組新八先生』。プロデューサーから教科の得意不得意を聞かれ、「体育と音楽は得意だが、英語は全然わからない」と答えたにもかかわらず、渡された台本は英語教師の設定だった。
「笑うしかなかった」と岸田。
「『新八先生』には金曜“八”時の“新”しい先生という意味合いもあったので、あえて苦手な教科を教えさせることで、新人らしさを出そうとしたのかもしれません。ただ、授業が始まるとすぐに事件が起きて教室を飛び出す展開ばかりだったので、英語の授業シーンは3回ほどしかありませんでした(笑)」
岸田は両親も兄弟も親戚もほとんどが教師という“教職一族”。父親は芸能界入りに反対していたが、新八先生を演じたとき初めて喜んで応援してくれたという。
「親父は、僕も教職に就くものだと思っていたので、芸能界入りにはずっと反対していたんです。でも新八先生を演じたときに、初めて喜んで応援してくれました。学校で僕のことを言われるのが、嬉しかったみたいです(笑)」
ドラマ終了後も生徒たちとの絆は続き、10年目の同窓会では店に「10年B組新八先生」という手作りの垂れ幕が飾られていたという。
「みんな、学校より濃い時間を一緒に過ごしたから、仲がいいんです」
デビュー50周年の記念コンサートツアーを終えた岸田は、「元気な間は、歌い続けたい」と語る。近年は舞台やミュージカルの音楽制作の依頼も増え、息子がアレンジ、娘がコーラスで参加するなど、岸田家は“教育一家”から“音楽一家”に変わった。
「人生すべて挑戦。断わったらチャンスはゼロですからね」
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